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うさが日常思うことをはき出すブログです。うさの魂の避難所です。表世界で波風たてずに生きるために、ここでヨイもワルイもはき出してます。
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2017年08月11日 (金) | Edit |
10日ほど新潟に帰省しておりました。
私の出身地ではないし実家は別の県にあり、家族もそちらに住んでいます。新潟に親戚はひとりとしていないのですが、それでも、私が20年住み、愛着を感じた土地なので、私にとっては「故郷」であり、例え友人が一人もいなくなっても、新潟は「帰る場所」であり、「帰省」になるのです。

今はまだ友人がたくさんいますので、今回帰ったときもみんな「おかえり」と言ってくれました。ある友人が「おかえり」と言ってくれた時、私は思わず「ただいま!新潟、いいところです!」と言ってしまったのですが、「何いってんの?」って笑われました。新潟が好きすぎて、街並みを眺めて本当にいい街だ、大好きだ、と思ったところでその人に会ったのでつい駄々漏れてしまったのですが、確かに不自然ですよね(^^;)。でも、街並みだけじゃなくて、友人たちが本当に自然にいつでも私を受け入れてくれるのが本当にうれしくてですね…。










以下は個人的備忘録。

1日目。夕方に新潟空港について友人夫妻に迎えに来てもらって友人宅泊。
2日目。友人が出演するライブを見に行く。界隈の重鎮の古希祝ライブ。素晴らしいライブで素晴らしい時間だった。
3日目。新潟北部に住む友人宅を訪ねる。普通電車に揺られて1時間ほど。私が最初に新潟に転居した時に住んだ町の近くのため、風景が懐かしい。友人宅でただのんびりとおしゃべり。またその日は友人の姪御さんの息子さんの7歳の誕生日ということでお祝いの夕食に私も混ぜていただいた。田舎で商店をやっている家だからか、家族のだれも人見知りをせず、子供たちも知らないおばちゃんがいても気にせず話しかけてくれる。もう90歳になるお母さまもまったく矍鑠としており20年ほど前に会った時とかわらずお元気でよく食べよく飲みよくしゃべり、本当に楽しい時間を過ごした。
4日目。仕事で会えないはずだった友人が会えることになり、長岡まで行く。普通電車で1時間強。のんびり…かと思ったら長岡まつり1日目のためそこそこ街は賑わっていた。友人との待ち合わせが夕方で、それまで街を散策するつもりだったが駅のロッカーがまつりのため閉鎖で荷物が重くて困った。結局友人の職場を訪ねて預かってもらい、私は映画の日ということもあり、モールの中の映画館でミニオンを見て、献血をして、夕方友人と落ち合って飲み、長岡の友人宅に泊めてもらった。
5日目。長岡からの帰りに新津にある日帰り温泉施設に寄り、温泉とマッサージのセット券で入場して、リラックスした時間を過ごす。新潟の友人宅泊。
6日目。長岡花火を見に行く。午前中は新潟市古町の喫茶店でモーニングを食べたり、新潟の銀行で住所変更などの手続きをしたり、人情横丁でかき氷を食べたりして、午後はちょうど開催していたレオナールフジタの絵画展を鑑賞して、3時過ぎに長岡へ。フェニックス席を購入していたから時間ぎりぎりでもよかったのだが電車が心配で少し早めにと思ったけど、すでに電車は激混み。それでも幸い普通電車で席に座れた。晴天続きだったせいか土手が埃っぽくてまいった。結果としてこの日にのどの調子が悪くなり、多分夏風邪をひきはじめたのはこの日。花火はすばらしかった。フェニックス席はメインの打ち上げ場所からは少し遠いのだけど信濃川はさえぎる物なんてないので、どこにいたってたいてい素晴らしく美しく見える。そしてフェニックスは、本当に眼前の空すべてを覆うかのように花火は広がり、降ってくるような大きさ。音楽と相まって、本当に感動的。何度見ても、美しい。長岡花火が鎮魂の花火であるということを痛感する。多くの地上を離れた魂もきっとこの花火を見て美しいと思い、この世の、地球の美しさを思い描くだろうし、私たちもこの美しい瞬間を忘れずに、ただただ平和を願うのです。それから長岡花火のいいところは、すべての打ち上げが終了したときに、観客がペンライトや手持ちの携帯のライトなどを振って、花火師さんに感謝を表す時間があるところです。新潟の人の優しさが出てるなぁ…と思う瞬間です。そしてこの日も長岡の友たちのところに泊めてもらいました。長岡花火、わりと整理されていて見やすいのだけれど、行き帰りが混雑するのは仕方ない。でも激混みの新幹線に乗って新潟に帰るのはなかなかキツいので泊めてもらえて助かった。
7日目。ランチは新潟にいた時に住んでいたマンションの裏手のフランス料理店で友人たちとランチ。おこちゃま二人も一緒だけどなかなか良い子で楽しい時間。お店もお子ちゃまOKだたし。その店の店長は以前私と友人が勤めていた学校のサマーキャンプの参加者だったらしく、友人の方を覚えているとかで盛り上がってました。私はキャンプの仕事はしてなかったので知らないけど。その後、お子ちゃま連れの友人の旦那さんの職場訪問。旦那は私たちとも仲が良く、Tシャツ屋さんに勤めているので友人がバンドのTシャツをオーダーしたいということで着いてっただけなんだけど。夏場のTシャツ刷り工場の過酷な労働環境を目の当たりにしました(笑)。その夜、友人が所属する別のバンドのライブの練習を見学。私が新潟を離れてから始めたバンドのため私は聞いたことなかったので。友人がこれまで歌っていたのとは少しジャンルが違っていて、それがすごくよくて、練習だけど聞けてよかった。感動した!
8日目。また別の友人と、ドライブ&ランチ。栃尾方面へ行って、農家レストランでランチをして、道の駅に立ち寄り、良寛さんに関連する古刹を歩いて、夜は新潟市内に戻って私の大好きなちゃんこ鍋屋さんへ。夏限定のカレーちゃんこを食べたのですが、夏風邪をこじらせていて(市販薬で症状は押抑えていたものの)味覚障害があり、味はよくわかりませんでした(残念)。それでも新潟にいた当時は行きつけのお気に入りの店でしたので、行けてよかったです。
9日目。友人のライブその2。チャリティーライブで、友人の新しいバンドが呼ばれたのだけれど、他のバンドのラインナップとは毛色が違っていて、場としてはアウェイな感じ。それでも彼らの演奏はすばらしかった。ただこの日は新潟とは思えないほどの暑い日で、しかもライブ会場がわりと安普請な普通の家っぽい作りのため、屋根や壁から熱が直に伝わり、さらにそれなりに広い場所なのに家庭用クーラーが2つしかなくて、室温は30度を超えていたと思う。見ている方も辛かったけど、演奏する人なんて倒れるんじゃないかったほどで…(笑)。古希のおじさま2名が私の隣で見ていたので、私はひたすら彼らを仰ぐことに専念しておりました(笑)。
次の日が福岡に戻る日だったので、その日は駅近くのホテルを取り、ライブ後はそこに送ってもらいました。たまたま新潟まつりの花火の日でしたが私は体調が絶不調で見る気力もありません。が、どうしても、行きつけだったパブに行きたくて這うように行ったのに、その店自体が花火が終わってからの開店と書いてあって出直すことに。そのままホテルで寝てしまいたかったけれども、その店に行かなければ私の新潟の夏は終われない…と、花火が終わってからあらためて訪ねました。無事店に入れ、マスターにも会え、懐かしい雰囲気を堪能しました。お気に入りのマスターのカクテルは、味覚障害のためおいしいかどうかもわからなかったのですけど(^^;)。
そうして無事全日程を、予定よりもさらに充実して終えて、10日目、台風が心配されたものの経路が逸れたとかで、無事予定どおり福岡に戻りました。飛行機が飛ばないならそれはそれでもう1日新潟を楽しめたのにね(笑)。

福岡に戻ったらもう薬も効かず、夏風邪が最高潮に悪化して2日ほど寝込みました。おもしろいことに、10日間会っていなかった夫も私とほぼ同じころに夏風邪にかかったそうで、医者で薬をもらってきていたので、それを私もわけてもらいつつ(本当はいいけないんでしょうけど、症状同じだったしただの風邪薬だし)、夫も1日は一緒に寝込んでました(笑)。

本当に幸せな10日間でした。懐かしい場所、懐かしく優しい友人たち、落ち着く土地。新潟は「私の場所」でした。福岡に家を買ったけど、やっぱりこちらに永住する気にはなれません。いつかは新潟に帰りたい。死んでからでもいい。魂になったら私は風になって、きっと新潟に帰ります。そう心に誓った夏でした。



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