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うさが日常思うことをはき出すブログです。うさの魂の避難所です。表世界で波風たてずに生きるために、ここでヨイもワルイもはき出してます。
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2016年10月21日 (金) | Edit |
車の点検とナビのデータ更新でだいぶ待たされるので、PC持ち込みで時間つぶし。

そろそろロンバケも終わりというところで何故か急激に人生で第何次目かのオタクウェーブがきているうさです。現実に戻るのがいやだからちょっと逃避願望が強くなってるんでしょうね。

てことで、最近は再びV6とイエモンにはまっているわけですが、今回は、前回のV6に引き続き、自分の中の「やっぱイエモンすっきやねん」について備忘録…というか、たぎる思いを文字化しておこうと思います。

実はこういうの、後年自分の役に立つんですよ!イエモン解散前の私の第一次イエモン熱中時代にもたぎる思いを書き連ねていて、それが、自分でもとうに電源は入らないだろうとあきらめていたその実まだ生きていたふるーいiBookから出てきたんですけど、それを今読むと、人様が書いたブログかなんか読んでるみたいでおもしろいですもん。自分で書いたものだけど、内容は覚えてないし、だけども自分が書いてるから感性が似てる(てか一緒)なので、まるでイエモンファン仲間の文章を読んでるみたいに、「そうそう!」と盛り上がれるんでね(笑)。いや、(笑)ってか(痛)かもですが(^^;)。


というわけで、この先は完全なるオタクなイエモンファンのつぶやきです。完全に自己満足であり、一般論や同じファンでも感じ方の傾向への配慮などはありませんので、他人の意見を客観できない方はこの先ご遠慮ください。V6の時と同様、苦情は受け付けませーん。

ちなみに万が一検索で迷い込んだ方へご注意ですが、私の「オタク」は腐も含みますので、ロケンロール!なイエモンのみをお好みの方はこの先は無理ですよ!…まぁでもロビンとエマの絡みを否定するイエモンファンはいないでしょうから、そういう意味では大丈夫です(笑)。つまり、その程度の腐ってことです。











どうでもいいことですけど、そもそものイエモンと私のなれそめを、自分でも実はおぼろげー…な記憶なので、まずは、今思い出せる限り思い出して書き留めておこうかと。

そもそもバンド名を聞いたのは実はアメリカ留学時代。当時付き合っていた年上の日本人留学生の彼から「俺の高校時代のクラスメイトがThe Yellow Monkeyってバンドでメジャーデビューした」と聞いたのですが(ちなみにアニーのこと)、当時英語圏にいた私としては、その蔑称をあえてつけるなんてなかなかいきがったバンドだわねぇ…と思ったくらいでした。留学時代はそれなりに日本人として好奇の目で見られるなんてこともあったので、わりと差別的なことには敏感でしたのでね。
その後帰国し、彼とも別れ(笑)、日本で仕事をしていた時、職場の学生に「うささんイエモンて知ってる?」とライブに誘われて行ったのが初めての生イエモン体験でした。多分そのころには、太陽が燃えているとかある程度メジャーな曲は出ていてラジオとかで聞いて好ましくは思ってたと思います(だから誘われて行った)。でも当時の私はまだ留学時代の洋楽かぶれをひきずっていたし、ほとんどテレビを見なかったので、ビジュアルとか関係性はよくわかってなかったかも。ライブでロビエマのSuckの絡みを見て、どっひゃー!と思ったことは懐かしい思い出…(笑)。でも何よりそのライブの音楽にノックアウトされ、そこからドはまりしました。CDもビデオも雑誌も写真集も買い漁り、ペチコートレーンにも入会し、出演番組は録画編集し(VHS時代ですよ!(笑))、Rock'nRoll Brothers(菊池兄弟のラジオ)も全回MD(!)に録音して保管しておりました(結局1年くらいで終わったけど)。なのに、なのにですよ、私はそれをほとんど処分し、今ではアルバムと初期シングル(縦長のためブックオフで売れなかったやつ(笑))が残るのみで、すべて処分しちゃったんですよー!結婚の時に旦那にばれるとまずいと思って(なぜか)友人に預けたつもりだったのだけど友人はもっていないとのことで…処分しちゃったのかな(涙)。…と思って自分のブログを検索してみたら、やっぱ結婚で引っ越しする時に処分するって書いてあった!あぁぁ…本当に私のバカ!!今思えばよ、こんな夫のために何を取り繕ってたんだ私!って…後悔先に立たず…てかやっぱ夫は私の人生には鬼門だったよ…。…あ、脱線。

ちなみに、活動休止前最後のライブ、メカラウロコ8の時にロビンが「ほかのアーティストに浮気しちゃってもいいよ」みたいなこと言ったので、V6に浮気した…と思ったら本命になっちゃってた…という流れです。たぶん、イエモンの解散とV6の10周年がだいたい同じ時期ですんでね。

…ここまででだいぶ長いけど、人が読むブログでもないし、この今の気持ちを引き続きつづる…(笑)。



イエモン復活の玉アリライブの時は、私もイエモンと同様、「復活」に浸っていました。その時にエントリしましたけど、イエモンがどうこう、という前(と同時)に、自分の過去とこれまでの15年をつなぐことに忙しくて、まだそんなに「イエモン!うおぉ~!」って感じではありませんでした。様子を見ながら時間を巻き取るというか、過去を引っ張ってきてつなぐ感じ。

でもこれまたイエモンがライブをとおして変わったと同様に、私もライブを見て、雑誌を読んで、テレビ出演もチェックして、そして自分が15年前に書き綴ったたぎる思いを読んだりすることで、やっとあの頃と今が繋がって、「15年前からの続き」のテンションになってきました。「イエモン!うおぉぉ~!」です(笑)。
多分私だけじゃなく、以前からのファンなら多かれ少なかれ同様のステップを踏んできてるんじゃないでしょうかね。そして、みなさんそれを踏まえて、同様に感じてると思います。つまり、長い時間を経て、こんな風に帰ってきてくれて、本当にうれしい!本当にありがとう!本当に…泣けてくる…と。

私は活動休止前の彼らの悲しい目を覚えているので(てゆうかしみついていたので)、復活ライブであんなに全身全霊で心の底から自然に楽しんでいる4人を見て「生きててよかった!」って思います(アニーも玉アリライブの最後に言ってましたね)。…てゆうか逆に、「何この奇跡のような光景は…ここは天国なの?私死んじゃったの?」とすら思うほど夢のようでしたよ。私自身の人生は今停滞期で、生きてるのがつらいんですけど、でもあんなイエモンのメンバーの表情が見られたのは私が生きていたからで、それは素直に「生きててよかった」って思います。

今、過去映像とかで休止前のメンバーの顔を見ても、痛々しいばかりです。その時もそう思ってました。だってそもそも表情が暗いし硬いし、笑ってても目が死んでますもん。
(脱線)こういう経験をしてるから、今スマファンがあの硬い状態の彼らを見て、それでも続けてほしいとかいう気持ちが、わかるようなわからないような…なんですよね。ファン心理はわかる、でも彼らの気持ちを考えたら、続けてとは言えないですよ…あの死んだ目で…。(脱線終わり) 
私はアニーファンだから感じ方にその偏向があるかもですが、当時たぶんアニーは一番解散に納得がいってない感じで(頭でわかってても咀嚼できないっていうか)、目の下黒くしたり髪短くしたり、急に変なことをしだしました。それを拗ねる子供のようというには切なすぎました。心の中で泣いている小さなアニーがいるんじゃないか、なんて本当に胸が痛くなったものです。なんか、家族の一人(ロビン)が「もうやれない」といい、たぶん年長組は色々考えながら「お前がそうしたいならいいよ」と諸々を飲み込んで受け入れ、末っ子は本当はいやだいやだって駄々こねたいんだけど、どうにもならないってことはわかる程度には頭のいい子で本当の気持ちは言えない、みたいな感じがして、だから、すっごい切なかったんですよ!なんか、愛し合ってるけど一緒にいられない家族、みたいな感じで。ロビンもそれを感じていて、アニーをちょっと突き放してたんじゃないかなって感じもあって(アニーが年下なこともあるし)、アニーにたいして少し冷たいロビンがすごく悲しかったんですよ。でもロビンだって決してメンバーが嫌だったわけじゃなく、ただバンドの規模の拡大やら時代の流れやらの中で、このままではやっていけない、って思ったんだろうし、だからアニーの納得しきれない感は余計に後ろめたさを感じさせたのかな…とか…なんかいろいろやるせなかったですよね、当時は。

当時、休止前最後のライブ、メカラウロコ・8に行ったときの自分の記録に、「Suck of Lifeでロビンが絡んでくれなくて悲しい、エマが怒ったみたいに強引にロビンのキスを奪ったのが力強かったけど切なかった」って書いてあって…そうだったんだなぁ…って(覚えてはいなかったけど)、当時の関係性を端的にあらわしているエピソードだなって思いました。

それがね、それが、あの復活の全開ハッピーな4人ですよ!!ねっとねとのロビエマの絡みですよ!これを奇跡と言わずしてなんと言う!!そこには紆余曲折を越えて、鋼のロープでつながれたような二人がいましたよ!それだけじゃなく、Suckのメンバー紹介では、ロビンがアニーをほめまくりの愛しまくりの言葉も聞けて(具体的表現は覚えてないんだけど(悔しい))、こっちの方が私、マジ泣いた(←完全に痛い人)。会場で「アニーッ!!(よかったねっ!)」って叫んだもん(笑)。

発売当初は本当に悲しい切ない気持ちで聞いていた「Brilliant Word」を、今、こんなにすがすがしくも満ち足りた気持ちで聞けるなんて…泣ける…うれしすぎて…准ちゃんが剛つんに「グループにいるときくらい何も考えずに笑っていてほしい」と言われた時と同じくらい、泣ける(笑)。

ちょっと、前回エントリーのV6と同じような感覚なんですけど、つまり、どちらも時間を経て、つながりが強固になった人たちなんですよね。イエモンは25年、V6は20年の間に紆余曲折があって、V6は静かに活動しながら、イエモンはいったん解散してもプライベートでは仲良しのまま途切れずにつながって、その間ファンもひっそりと想い続けて、心の中で祈り続けて、こうして素晴らしい関係を見せてくれているという「奇跡」。出会いの「偶然」を「必然」にすり替えた彼らの関係性に萌えない女はうそだ!(←何が(笑))

V6とイエモンの共通点といえば、これも前回のエントリーでも書いたんですけど、スキンシップなんですよ。あのV6のエントリーを書いた後読んだ雑誌MUSICAで吉井さんも言ってたんですけど、イエモンは「メンバー同士触るのが好きなバンド」だし、休止前後は「触らない時期だった」らしいですから、やっぱりスキンシップって大切なんですよね、って思いました。
ちなみに、雑誌の吉井さんの言がなくても彼らの距離が異様に近いことは昔からわかってましたけど、ロビンがエマの後ろの秘部にまで触れようとしたってのには笑いました。さすがにエマはそれにはキレたそうですが、でもさ、アニー、「だって公の場で触ろうとするんだもん」っていうのは正解なのか?確かに公の場で触るのはどうかと思うが、二人きりの時だったらもっとヤバいでしょう(笑)。場がなんであれ単純にそこは嫌がれよ!と(笑) でもま、アニーは音楽と人(2016.11)のインタビュで「Suckの時の兄貴は吉井の彼氏であって俺の兄貴じゃない」と言ってましたからね。「吉井は俺の義理の兄」とも(笑)。だから公じゃなければいいやって思ってるのかもね(それは違う(笑))。…本当におもしろい人たち(笑)。

ちなみにMUSICAで吉井さんが「スキンシップはロックの一部、そのハートがバンドならではのグルーヴになる。なんだこの楽しそうなおじさんたちは!ってなる」と言ってますが、そここそまさに私がイエモンを好きな理由であり、ソロの吉井さんを聞きながら、やっぱイエモンじゃない…と涙した原因と思います。そして、V6も同様だと思うのです。スキンシップから気持ちが繋がり、それが結束を生んで「なんだこのわちゃわちゃした奇跡のおじさんたちは」ってなる(笑)。これが私の好きポインツなんですよ!触れ合うこと自体ではなく、そこから生まれるグルーヴ!それはもちろん確かなパフォーマンスの上に加味されるものだけど(仲良しなだけで下手なものには惹かれない)、それこそが大事なんですよ!!華大もいい年して仲良しだしスキンシップ激しいですから!それが「なんだこの楽しそうな博多のおじさんは」になってる(笑)。…脱線激しい(笑)。

それからイエモンについては、私は昔も今も、菊池兄弟の異常な仲の良さとそれにちょっと嫉妬するロビンという構図が好きです(今はみんなが一緒くたに仲良しだから、嫉妬の図はあんまり際立たないけども)。菊池兄弟はエマは外見はんなりだけど中身男!でアニーは外見男臭いけど弟気質がかわいらしさを醸すので、男女両方の要素を併せ持っていて、兄弟でありながら場合によって姉妹っぽいんですよね。しかも昔の写真集とか会報とか、異常なほどくっついてる二人ですから、並ぶと時々「百合」風味(笑)。私の目が腐ってるのか?いやそうでもあるまい。まぁ正常とも言いませんけど、ある種の眼球を持ってる人にはそう見える程度には彼ら自身がそうなんです! 上と同じ音人によると、アニーはロビエマのSuckの絡みを見て最初は「ちょっと、俺の兄貴をっ!」って思ってたらしいですよ(かわいい(笑))。それと、「抱かれる兄貴の姿を見せつけられてリズム刻み続ける身にもなって…(涙)」と(笑)。なんというか、「抱かれる」「見せつけられる」ってのは非常に色っぽくてですね、この言葉選びがライターの表現ではなく本当にアニーのものならば、やっぱりちょっと、ブラコンというか、でもその心理にはちょっと女性的なものを感じるんですよね。
…ちょっと妄想に脱線気味ですが、でもまぁ百合風味かどうかはともかく、昔も今も菊池兄弟が異常に仲良しなことに変わりはないんです。で、ロビンはよく「うちのバンドには実の兄弟がいる」というんですが、だいたいその時の表情って、ちょっと嫌そうっていうか(笑)。以前にアニー自身が「(エマと僕は)実の兄弟なんですけど」って言ったらロビンが「どうせ俺は違うよ」みたいに拗ねてたことがあるんですが(大昔の何のかは忘れたけどテレビ)、なんか、百合風味兄弟の割り込めない感じ、みたいなものに嫉妬してるのかなって思わせるんですよね。それで無理やりヒーセのことを「俺のおじさん」とか言って血縁を装ったりするわけですが、ヒーセはそういうのを、はいはい…って見守ってあげてる感じで、まぁ本当になんというか、血が繋がっていようがいまいが、4人にいい兄弟感があって、ほのぼのするんですよねー。実際私は15年前はそういう妄想二次小説など書いてたし(笑)。そしてそれが今の私の心の肥やし(笑)。


…と、さんざん腐れ気味なメンバーの関係性についてばかり語ってきましたが、でも私がイエモンに(そしてV6に)惹かれるのは、彼らの仕事に対するアティテュードにも起因するんですよね。それもたぶん最初からそうだったわけではなく長い時間の中で紆余曲折を経てなんだと思いますが。
彼らはどちらも、経験を積んで自分の中での芯のようなものをしっかり持つことができるようになったから、他者を受け入れる余裕が出てきてるんだろな…と感じます。この場合の他者は、グループに対して、他のスタッフとか組織とか、です。メンバー同士信頼しあって結束が出来てるから、周りが求めるもの、まわりがプロデュースしてくれることに乗っかれるというか。もう決して「乗せられる」なんてことにはならない、その、どっしり感。周りは、彼らの力量を信頼できるから、じゃぁこんなことをやってみたらどうだろう、とプレゼン出来るし、真摯に、柔軟に取り込んで成果を上げる彼らに対する愛情も増して、さらに彼らをよくしたいという気持ちで一緒に仕事をするようになるから、いい相乗効果が生まれてると思うんですよね。

イエモンとV6を一緒にするな!と思われる方もいると思いますし、確かにクリエイトするイエモンとパフォーマンスがメインのV6ではやることは違います。でも、アティテュードというのはどちらのジャンルでもどのレベルでも共通だと思うし、そういう点では私、イエモンもV6も似てると思うんですよ。真摯で許容範囲が広く応用力や決断力や根気もあるし、仕事に対する愛情と責任感もあってすべてを全うする能力がある(レベルに応じて)。イエモンもV6も、長い時間と緩さを許されたモラトリアムを経てそういうグループに「なった」んですよね。
(いったん終了)

…とここまで書いたら、そこから派生してまったく別のことを書き始めてしまった(笑)。イエモンとV6の愛を叫ぶはここまでです。ここまででも相当長い(笑)。ご高覧ありがとうございました。ご不快になった方はすみません。謝りはしますけど自己責任ですので自己消化してください。


この先、某解散騒ぎのアイドルグループについて思うところを書き連ねてしまいました。エントリーを別にするほどでもないし、かといって自分の備忘録的には消してしまうのはもったいないので、残します。
当該グループに興味のない方、そもそれがどのグループか思い当たらない方、グループのファンでグループの解散にショックを受けて否定したい方は絶対読まないでください。私は解散賛成派なので。



(続き)
…こういうこと考えてると、また某解散騒ぎのグループのことに思いを馳せてしまうのですが、前回のエントリどおり、彼らはそう「なる」ための時間をもらえなかった人たちなんじゃないかなと思って残念なんですよね。長い時間はたったけど、モラトリアムではなかった。常にキツキツに求められて型にはめられて…。それぞれは能力も高いと思うしまじめで一生懸命だと思うけど、周りからの期待の方が大きすぎて、徐々に自分を失ってしまったように見えるのです。彼らは本当にまじめですよ。だからこそ、過大評価も過小評価もつらかったと思うんです。

ジャニのアイドルっていうのは常に「評価」に苦しめられる人たちだと思うんですね。もちろんそれは、多岐にわたる活動をできるというメリットに対して相応のデメリットで仕方ないとは思うのですけど。ある場面では「所詮ジャニ」っていう、どんなに頑張っても評価されない過小評価に苦しめられる。そしてある場面では何をやっても「素晴らしい」「かっこいい」とヨイショされる過大評価に不安になる。

しかもそれが、ひとまとめに行われるからかわいそう。これはジャニに限らず日本人の傾向だと思うんですけど。例えば、芝居はうまいけど歌は下手な人に対して誰かが、「歌が下手だ」と言えば、「でも、芝居はうまいし、まじめで一生懸命なんだ、下手だなんて失礼なこと言うな」みたいな展開になるんですよ。でも、歌が下手だと言った人は歌をそう評価しただけであって、芝居については何も言ってないしましてや努力を否定してるわけでもない。でも努力してたって下手なものは下手だよ、それ以上でも以下でもない。なのに個別の評価を全体の評価としてしまう(悪い)傾向が日本にはあると思うんですよね。子供が叱られて自殺しちゃうのなんかもこのせいだと思っています。一つを怒られたからって人格否定じゃないのに(決してそういう叱り方をしてるわけでもないのに)、そう感じてしまうのは、叱る方も叱られるほうもお互い不幸。教師だった時はここには本当に気を使いましたよ。

で、あのグループのかわいそうなところは、個人ではなくグループの名前が常に先行し、それだけでもう評価が決まっちゃうから(批判的な人は完全批判、評価する人は全面評価)、個人の努力も怠慢も直結しない感が強いと思うんですよね。しかも「すべて」を求められるから、自分の好き嫌いや得手不得手にかかわらずなんでもさせられてまとめて評価されちゃう。
わかりやすい例でいうと、例えばV6の岡田は、しばらく芝居で頑張ってた間、あんまりグループが前面に出ないおかげで(良くも悪くも人気はそんなにないので(^^;))、いつの間にかジャニ色が薄れて役者:岡田准一として認められ、後で「え?ジャニのアイドルだったの?」という、一般的に過小評価に結び付く属性がむしろ、「なのにすごい!」という高評価につながったわけですよ。これ、芝居で頑張り始めた時からずっと常に「ジャニの」がついてまわったら、なかなか芝居も評価されなかったと思います。いや、准ちですら、ジャニという足かせは軽くなかったと思うんですよ?もちろん准は血のにじむような努力をして格闘技を極めて…。でもそれもやっぱり、それをする時間的環境的余裕があったからです。ずーっとずっとグループのレギュラーがあって忙殺されてたら自分で求めてもできなかったかもしれないし、そもそもそこまで思い至りすらしなかったかもしれないし。

解散騒動グループの上二人はそういうのを理解して包含して踏ん張れる精神力があるようにも見受けられるけど、一番若い子はそれに巻き込まれた年齢が若すぎてそういう人間力みたいなものが育たないままだったのかな…と。だから私は、解散には賛成なのです。イエモン風に言うなら、いったん解散しなよ。それぞれが経験を積んで、グループの大切さに気づくかもしれない、そしたら復活がすごくいいものになるから、という感じです。

彼らは最後の昭和アイドルなんでしょうね。それ以降のグループは同じジャニでもライバルも多いし「絶対的アイドル」にはなり得なかったから(すまが君臨してるので)、むしろ個性を伸ばしていくしかなかったしその覚悟がある人たちだけが生き残ってるし、Jフレあたりはあの塊の中である程度棲み分けが出来てるから仲良くお互い刺激しあいつつ労りあいつつ出来てる気がしますよね。Jフレの仲良し感も、だから好きなの。みんな自分てものを確立できてるから、お互いを尊重出来てる感じが。

あー…完全脱線だわ(笑)。でも、ジャニのことを別枠でアップする感じでもないし、でも自分で思っていることは記録しておきたいので、このままここにつけたまま…(笑)。

とにかく私は、そろそろあの解散を受け入れてあげればいいのになーて思ってます。
まだまだ書き連ねたいことはあるけど脱線甚だしいしキリがないのでやめましたー(笑)。

以上!

コメント
この記事へのコメント
Re: 今更のコメントですいません
> 初めてまして!私も同じく1995年からのペチコートレーンの会報を引っ越しのタイミングと同じような状況で捨ててしまったので、凄く親近感が湧きました!


うわ!こちらこそ今まで気づかなくてすみません💧
コメありがとうございます。そういうこと、ありますよねー(^_^;)。
後悔先に立たず。
2018/01/15(月) 08:15:34 | URL | うさ #-[ 編集]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017/12/12(火) 00:29:50 | | #[ 編集]
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