うさが日常思うことをはき出すブログです。うさの魂の避難所です。表世界で波風たてずに生きるために、ここでヨイもワルイもはき出してます。
2016年10月17日 (月) | Edit |
新しい生活に慣れることができず(慣れる気になれず)…。

新しい場所の気候が合わず(暑すぎだろう!!)イライラしつつ、引きこもることで余計な刺激を避けながらなんとか毎日を過ごしていますが。現実逃避に毎日ほぼテレビを見て過ごす中、しばらくご無沙汰していたV6のライブビデオなどを久しぶりに振り返ったりました。そしたらやっぱりいいんですよね、V6(笑)。そりゃそうなんですが。

しばらくV6沼の底で半分寝ていたような私が、久しぶりに沼の中を見上げてみて思ったことなどを徒然に書いてみようかと…。
続きを読むの先に「やっぱV6すっきやねん」(笑)を叫んでおります。
オタクの自己中な思いのたけですので、ファンでない方は読んでもおもしろくないですよ。ファンの方でも感じ方は色々ですので、特にこの先はおすすめしませんが、地雷のない方で暇だしいろんな意見見てみたいなと思う方は、どうぞお進みください。繰り返しますが、あくまで個人的意見ですので、ご承知おきください。苦情は受け付けませーん。

















私が彼らの沼に落ちたのは2001年です。仕事のことで疲れていた頃、学校へ行こうやお笑いV6病棟などで彼らの面白さと仲良しさにハマり、そのころの彼らのシングル「Change the World」に励まされ、いつの間にか引きずり込まれておりました。あれから15年。その間ずっと熱中していたわけではありません。それでも、いつの頃か(多分10周年の握手会あたり?)に「一生ついていく」と決めていたので、そのためには彼らがずっと活動を続けられるように必要な支援はせねばならぬ、と発売されるCDやDVDはすべて買いましたよ。たとえ開封しなくても(笑)。ライブは普通に楽しみに毎回行ってましたし心の支えでした。

V6の方も、長く見ていれば、恐らく誰でも自然に感じたことだと思いますが、決してずっと仲良しなグループではありませんでした。そもそも年齢差の大きいグループでしたからそれも当然という感じでしたが、特に「学校へ行こう」が終わってしまってから、一緒にいる必然性みたいなものが薄れてきたのか、もともとの年齢、方向性の違いが顕著になり、彼ら自身が、グループでいることに意味を見出していないのではないかと感じることは、あまり熱心でなくなってたファンの私でもありました。何度も解散危機の報道があり、それでもファンとしては、その選択はして欲しくないと思ってたしその必要もないんじゃないかと思っていました。少年隊方式といいますか、解散しなくてもそれぞれ好きなことやっていられるんだし、グループ名が彼らの活動を救うことこそあれ足を引っ張ることもないんだからいいじゃん、と。それになにより、やっぱり、できれば彼らには仲良しでいてもらって、毎年ライブを開催してほしいとは思ってました。それがファンのエゴだということは重々承知していたので、あくまでも「願い」としてですが。

そして昨年20周年を迎えて、その「願い」がかなったんじゃないかな、と感じるほど、絆が結ばれた彼らを見ることができたと思っています。いわゆる世間一般でいう「仲良し」ではなく、距離はあるけど絆は強い、という、むしろ稀有な結びつきが出来上がったんじゃないかと感じました。それが端的に私たちに伝わったのはやはりNHKのSongsでの剛ちゃんの言葉すべてではないかと思います。「それぞれが個人の仕事を頑張っている姿を見て素直に尊敬できるようになった」「愛なんだはみんなが笑顔で歌ってる」「せめてグループに戻った時くらい笑顔でいてほしい」。普段一番言葉が少ない剛ちゃんですが、何かを言えば一番的確なことを言う人ですよね、彼は。そして彼の発言はたぶん、メンバーそれぞれの思いでもあるんじゃないかと感じました。それぞれが、お互いを尊敬できるようになってきたし、笑顔でいることに幸せを感じてると思うし、V6がそういう場であってほしい、そういう場になった、と思ってるんだろうな、と感じられたのがあの番組です。

誰が悪かったとかじゃないんです。デビュー当時トニセンは怖かったとかカミセンはやんちゃだったとか、それゆえトニセンは一方的に考えを押し付けたりカミセンは反発したり、どちらも未熟なままの根拠の上の正当性があったわけで、いいとか悪いとかじゃない。彼らがよかったのは、ぶつかり合う問題をちゃんと解決しようと取り組んだことだと思います。もちろん、全員がいつもそう思ってたわけではないんでしょう。でも幸い6人もメンバーがいるから、ある時に誰かの心が離れそうになっても、その時他の誰かが一つになりたいと願っていて、離れそうな心を引き留めようとして…みたいな、いいタイミングでつながってきたんだと思います。わかりやすいところでいえば、准チが俳優業に力を入れてアイドルでいることを足かせと思う(?)ような時に健ちゃんが「アイドルでいることに誇りを持ってくれ」と言ったというはなし。多かれ少なかれ似たようなことがこまごまあったんじゃないかと思います。

V6はよく家族にたとえられますが、誰がお父さんで末っ子で、ということではなく、つながり方が本当に家族っぽいなと感じました。家族というのは、夫婦はともかく、兄弟たちは自分が好んでそこに存在したわけではありません。それでも「家族」という集団である以上、ある程度の影響はあるもので、特に幼い頃は嫌でもそこにいるしかありません。でもある程度成長してくれば、それぞれがやりたいことを見つけ、家族を離れることもあるでしょう。そしてまたある程度成長し、自分で成すべきこともできるようになってくると、ふと家族に思いを馳せることがあるものです。自立して社会で一人で闘ってきて、疲れを感じた時に、ふと思い出すと、ほっとする場所、幼いころの自分を守ってくれた場所、良くも悪くも自分のすべてを知られているからかっこつけようもない場所。彼らの20年はまさに少年期から青年、中年になった兄弟たちのような関係をなぞってきた気がします。仕事に関する彼らのすべてを知られている場所ですから、仕事上の家族みたいなものと言えるんじゃないでしょうか。

そして、赤の他人の集まりがそういう関係になれた理由は、適度な年齢差とそれぞれの優しさだと感じます。
最初は障害ですらあった年齢差も、お互いを認め合おうという時には案外役立つと思うんですよね。年が近いと、「似ているはず」が前提になり、年齢差があれば「ジェネレーションギャップがある」が前提になりますから、近すぎるものが何か違ったことをすると違和感を覚えるけど、違いすぎるものは「別物」として尊重しやすいと思うのです。例えば、日本人のおじさんがハグしてきたらぎょっとするけど、外国人なら「そういう文化かな」と思えるみたいな。トニセンとカミセンも、最初こそお互いに反発していても、長く一緒にいて「違う」ことにもそれぞれ意味や根拠があることがわかってくれば、素直に受け入れやすかったと思います。

そして、各メンバーが優しい人たちで、自分がやりたいことなどの意思はしっかり持ちつつも、相手の幸せも願っているから、みんながそこに踏みとどまれたんだと思います。自分はやめたいけど辞めたらグループは…、自分は続けたいけど辞めた方が幸せになるメンバーがいるならそれを無理やり押しとどめることはできない…など、お互いがお互いを尊重することで、いい意味の「ゆるいつながり」が保てたんだと思うんですよね。
そしてその優しさが生かせたのは、どうしても6人でやらなきゃいけない仕事がなかったからだと思います。しばらく距離を置きたい人がいれば、存分に離れて考えてください、と言える体制。離れて初めてわかる家族のありがたさ、的なものを感じることができる環境があったからよかったんだと思います。
引き合いに出してしまいますけど、今解散騒動で世間を騒がせているグループのかわいそうなところは、人気がありすぎて、レギュラー番組が途切れずあったことだと思うんですよね。常に一緒にいることを強要されてたことが、息切れの原因でもあるというか。個人活動もしてたけど、週1とかでグループ活動があると、やっぱり「個人」を確立する時間が足りないと思うんですよね。特に若いメンバーはそれが難しかったのではないかと…。まわりにいる人に意味もなく苛立ちを感じることって長く一緒にいると誰にでもあることなのに、それを解消する時間を空けることが出来ないというのはツライことだと思います。V6は、それを無理なく出来た。一人でいたいんだよ、放っておいてくれよ、なんて意味のない反抗期みたいな時間を、あえて表に出さなくても自然に過ごすことができた。そういう時他のメンバーは薄々そういうのを感じているとは思うけど、それも何も言わずに自然に放置しておくことができた。それでも、新曲は定期的に発売するから、まったく離れっぱなしということでもない。レコーディングこそ揃わなくても、プロモーションは多少はするから、全員が集まることが皆無というわけでもない。この距離感がよかったんだと思います。そういう意味で、負け惜しみではなく、V6がそんなに大人気なグループじゃなくてよかった、などと思ったりもします。

そして、これも、案外真理なんじゃないかと思うんですけど、彼らの「スキンシップ」、これも絆を醸成する重要な要素じゃないかと思うんですよね。気持ち悪いかもしれないけど、やはり人というのは肌を触れられる人は「味方」なんだと思います。だから外国なんかでは挨拶で頬を合わせたりするんだと思いますが(敵意がないという意味で)。触れられるのが嫌な時もありますから無理強いはよくありませんが(笑)、それでも、ちょっと肩に触れるとか、背中をたたくとか、人のぬくもりを感じることは、相手が人間であるということを忘れさせない大事な動作だと思うんです。人間であることなんか触れなくても忘れないよ、と思いますが、案外、その強度というか、リアルさというかは、触れ合うことで変わると思うんですよね。
好きなエピソードのひとつに、ライブ前に緊張から足をガンガンたたいていた剛ちゃんに、准チが「いつもの剛君でいいんだよ」と言いながら背中をさすってくれた、というのがあるのですが、これも言葉だけでなく、背中に置かれた手がどんだけ剛ちゃんを安心させたのかというのが伝わってきます。

なんかよくまとまりませんが、そんなこんながあって、20周年を迎えた彼らは本当に素晴らしいグループになってたなぁ…と、去年の地上波出演番組の録画やライブDVDを見ながら、あらためて感じた次第。低めとは言え安定的に彼らを応援してきてよかった、と、一生ついていこうと決めたことに間違いはなかったとつくづく思います。そして自分にとっての彼らの存在の大切さを再認識して、今後は中くらいに安定的に彼らを応援していこうと決意しました(笑)。高め安定をキープするにはそもそもの生命熱量が足りないので、中くらいでご容赦!


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